精神の健康について考える際、薬物療法が重要な役割を果たすことは広く認められていますが、心理学的なアプローチもまた、症状の改善や回復の過程で有益であると考えられています。もちろん、すべての方に当てはまるわけではないものの、薬物療法だけでは見えにくい心の深い部分に働きかけることができる点で、心理療法は補完的な役割を担う、もしくは治療の中心となる可能性が高いと言えるでしょう。
心理療法では、患者さんご自身の思考や感情の傾向に気づきを促し、より健康的な対応を育むサポートが行われます。このプロセスは症状の軽減だけでなく、再発の予防や生活の質の向上にもつながることが、いくつかの研究で示唆されています。
精神的健康における心理学の役割
心理学は、精神疾患の予防と治療の両方において極めて重要です。心理士は、標準化された評価と科学的根拠に基づいた治療法を用いて、個人が自らの苦しみの原因を理解できるよう支援します。うつ病、不安障害、PTSD、強迫性障害などは単なる化学的不均衡ではなく、個人の過去の経験、学習された行動、対人関係、そして対処スタイルなどと深く関係しています。
現在の心理療法の中で効果的とされているのは、認知行動療法(CBT)、アクセプタンス&コミットメント療法(ACT)、スキーマ療法、マインドフル療法、トラウマに配慮したアプローチなどです。これらの治療法は、否定的な思考を再構成し、感情を調整し、有意義な行動変容を促すものです。また、自己認識、感情的知性、ストレスマネジメント能力の向上にもつながり、精神疾患の緩和のみならず、全体的な生活の質を高めることが可能です。
さらに重要なのは、薬物療法が短期的な症状の緩和に役立つ一方で、心理療法は長期的な回復や自己成長の道を提供する点です。多くの人々が、「なぜ自分がそう感じるのか」を理解し、「どうすればそれを管理できるのか」を学ぶことにより、薬に頼るよりも持続的で力強い回復ができると感じています。
オーストラリアにおける支援体制とGPの関わり
オーストラリアの医療制度では、Better Access制度により、心理士の支援を受けやすい環境が比較的整えられているようです。Medicareを通じて年間最大10回の心理士によるセッションが補助されるため、Medicareを持つ多くの方が利用しているとの報告もあります。
現在、オーストラリアには3万人以上の登録心理士が在籍しており、臨床心理、カウンセリング、健康心理、司法心理、教育心理など、多岐にわたる専門分野で活躍しています。また、コロナ禍をきっかけに遠隔心理療法(テレヘルス)も広く普及し、地方部でも専門的支援を受けられる体制が整備されています。
また、Telehealth(遠隔診療)の普及により、ブリスベンに限らず地方や農村部でも質の高い心理サービスが受けられるようになりました。
さらに、私のようにGPの心理学トレーニングを修了したGeneral Practitioner(GP)が、診察の中で簡単な心理的支援を取り入れていることもあり、こうした取り組みが早期の支援に繋がっている可能性があります。
心理療法の役割について
心理療法は、患者さんが自己理解を深め、心の健康を維持するための力を育む手助けをすると考えられています。薬物療法と心理療法は相互に補完し合うものと捉えられており、両者を組み合わせることでより良い結果が期待できる場合も多いようです。重度のうつ病や統合失調症など、薬物療法が欠かせないケースもあります。しかし多くのストレス関連障害や軽~中等度のうつ・不安においては、薬の治療よりもまず「話してみる」「心の構造を整理する」ことの方が大切な場合が多いです。
個々のケースにより最適なアプローチは異なるため、必要に応じて専門の心理士との連携も行いつつ、Skayarch Medical Clinicでは心理的アプローチを重視し、患者さんが薬の治療よりも「自分を理解する旅」に出る、そして精神的な疾患から苦しめられることが少なくなれるような方向を目指して診療を行っています。
Skayarch Medical Clinic Brisbane 日本人医師:長島達郎
参考:
- Australian Government Department of Health and Aged Care. (2024). Better Access initiative. https://www.health.gov.au/topics/mental-health-services/better-access
- Australian Institute of Health and Welfare (AIHW). (2023). Mental health services in Australia. https://www.aihw.gov.au/reports-data/health-welfare-services/mental-health-services
- Australian Psychological Society. (2023). Psychological therapies: Evidence and practice. https://psychology.org.au
- Beyond Blue. (2024). Types of treatment for mental health conditions. https://www.beyondblue.org.au
- Butler, A. C., Chapman, J. E., Forman, E. M., & Beck, A. T. (2006). The empirical status of cognitive-behavioral therapy: A review of meta-analyses. Clinical Psychology Review, 26(1), 17–31.
- Hayes, S. C., Luoma, J. B., Bond, F. W., Masuda, A., & Lillis, J. (2006). Acceptance and commitment therapy: Model, processes and outcomes. Behaviour Research and Therapy, 44(1), 1–25.
- Young, J. E., Klosko, J. S., & Weishaar, M. E. (2003). Schema therapy: A practitioner’s guide. Guilford Press.
- Segal, Z. V., Williams, J. M. G., & Teasdale, J. D. (2013). Mindfulness-Based Cognitive Therapy for Depression. Guilford Press.
- Royal Australian College of General Practitioners (RACGP). (2023). Focused Psychological Strategies (FPS) training for GPs. https://www.racgp.org.au