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クラミジア・梅毒・淋菌予防のドキシサイクリン Doxycycline Post-Exposure Prophylaxis(ドキシ-PEP)について

ドキシサイクリン Post‑Exposure Prophylaxis(ドキシ‑PEP)は、新たな性病予防アプローチです。コンドーム未使用またはリスクのある性行為後72時間以内に、ドキシサイクリン200 mgを単回服用することで、クラミジア・梅毒・淋菌の感染リスクを低減する可能性があります。

これまでの性感染症(STI)予防は主にコンドーム使用や定期検査、パートナー通知などの行動的対策でしたが、ドキシ‑PEPはHIV PrEPと同様に、薬理的に感染を防ぐ戦略として注目されています。特にMSM(男性間性交渉者)やトランス女性といったグループで、近年、梅毒・淋菌の増加が続き、公衆衛生上深刻な懸念とされています。

無症候性の性感染症や繰り返すSTIを抱えるハイリスク層にとって、ドキシ‑PEPは予防の“もう一つの層”になる可能性があります。

ただし以下の点には注意が必要です:

  • 淋菌に対するテトラサイクリン耐性が既に高い地域が多い(70〜100%)。
  • 繰り返しの使用により菌の抗菌薬耐性(AMR)や腸内マイクロバイオームへの影響も懸念されます。

このため、米国CDCや豪州ASHMなどは、MSMやトランス女性など高リスクグループに限定しての使用を推奨しており、一般的なヘテロセクシャル層への拡大は、さらなる証拠と監視が求められています。


主なランダム化比較試験(RCT)によるエビデンス

1. IPERGAYサブスタディ(フランス、2015–2017年、MSM on PrEP

2. DoxyPEP試験(米国、2020–2022年、MSM/トランス女性 on HIVまたはPrEP

  • 結果:全体の細菌性STIが65%減少。クラミジア・梅毒で強い効果、淋菌への効果は限定的。
    cthivplanning.org

3. ANRS DOXYVAC試験(フランス、MSM on PrEP

  • 結果:クラミジア・梅毒で顕著な減少。淋菌の減少も見られたが、フランスでは耐性が比較的低いためと推測される。
    The Lancet+3ASHM Health+3MDPI+3

ガイドライン(2024–2025)
  • CDC(米国, 2024)
    • 過去12か月以内に細菌性STIを1回以上罹患したMSM(男性間性交渉者)およびTGW(トランスジェンダー女性)に対して、ドキシサイクリン予防内服(doxy-PEP)を推奨。
    • 投与法:コンドームなしの性行為後72時間以内にドキシサイクリン200mgを内服(1日1回まで)。
    • 3〜6か月ごとに再評価を行う。
    • 異性愛者への推奨はなし。
  • オーストラリア(ASHMコンセンサス, 2024)
    • 再発性STIを有するMSMに対して、共同意思決定のもとでの限定的使用を支持。
    • 抗菌薬耐性(AMR)の監視の重要性を強調。
    • 異性愛男性・女性への推奨は、さらなるデータが得られるまで行わない。
  • WHO
    • 現時点で世界的な推奨はなし。
    • MSM/TGWにおける強い臨床試験結果を認めつつ、AMRへの懸念を強調。

日本におけるドキシ-PEPの現状

  • 現時点で、日本国内の正式な臨床ガイドライン(例:日本性感染症学会、日本STD学会)にはドキシ‑PEPに関する記述はありません。
  • 一部の専門家や大学病院レベルで関心は高まっているものの、制度的に導入されている事例は確認されていません。
  • メディア報道や個別の実践例のみで、広範な臨床導入には至っていません。この背景には、抗菌薬耐性の拡大やそのモニタリング体制の未整備への懸念があると考えられます。

つまり、現状では日本ではドキシ‑PEPは“研究的段階”または“実臨床外利用(オフラベル相談)”に留まっており、正式な保険適用や広範な実施には至っていません。


安全性とリスク

  • 一般的に副作用は軽微:消化器症状、光過敏、食道障害など。
  • ドキシ‑PEP使用によるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やESBL産生大腸菌の選択圧は、少なくとも初期報告では確認されていないものの、長期的な菌の抗菌薬耐性(AMR)リスクの評価は必要です。


現段階での推奨

  • 証拠に基づく限り、MSMおよびトランス女性で繰り返しのSTIがある方には、リスクと利益を共有決定のもとで考慮された導入が検討されるべきです。
  • ただし、日本では制度的対応やAMRモニタリングが追いついていないため、クリニックレベルでは慎重な判断と限定的な使用が望まれます。
  • 現時点では日本での臨床運用に当たっては、研究プロトコルの運用や専門性の高い施設による導入が適切と考えられます。

日本人医師:長島達郎

参考

  1. Molina J-M, et al. Post-exposure doxycycline to prevent sexually transmitted infections in men who have sex with men on HIV pre-exposure prophylaxis (IPERGAY substudy). Lancet Infect Dis. 2018;18(3):308-317.
    https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(17)30725-9/fulltext
  2. Luetkemeyer AF, et al. Doxycycline Postexposure Prophylaxis for Bacterial Sexually Transmitted Infections. N Engl J Med. 2023;388:1296-1306.
    https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2211934
  3. Molina J-M, et al. ANRS 174 DOXYVAC Trial results. Lancet Infect Dis. 2024.
    https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(24)00236-6/fulltext
  4. CDC. CDC Clinical Guidelines on the Use of Doxycycline Postexposure Prophylaxis for Bacterial Sexually Transmitted Infection Prevention, United States, 2024. MMWR Recomm Rep. 2024;73(2):1–8.
    https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/rr/rr7302a1.htm
  5. ASHM (Australasian Society for HIV, Viral Hepatitis and Sexual Health Medicine). Consensus Statement on Doxycycline PEP. 2024.
    https://ashm.org.au/resources/doxy-pep-consensus-statement/
  6. WHO Western Pacific Region. Gonococcal Antimicrobial Surveillance Programme (GASP).
    https://www.who.int/westernpacific/activities/gonococcal-antimicrobial-surveillance-programme
  7. Trembizki E, et al. Global estimates of tetracycline resistance in Neisseria gonorrhoeae. JAC-AMR. 2024.
    https://academic.oup.com/jacamr/article/7/4/dlaf120/8194499
  8. Burnett Foundation Aotearoa. What is Doxy-PEP? (Patient-friendly summary, NZ).
    https://www.burnettfoundation.org.nz/articles/sex/doxypep-doxycycline-post-exposure-prophylaxis/
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